河和田八景18-3

河和田八景の続きです。報仏寺が最初にあった道場池夜雨は場所がわかりません。今日は報仏字の紹介だけです。
河田八景18-20
報仏寺の門です。
河田八景18-21
ここは戦国時代城でした。
河田八景18-22
元禄ころここに移ってきました。
河田八景18-23
親鸞の像だと思います。
河田八景18-24
鐘楼堂。ちょうど数日前雪が降ったので暮雪(昼間ですけど)の通りだと思います。
河田八景18-25
本堂。手前は枝垂桜。し市の天然記念物です。
河田八景18-26
この寺を創始した唯円は親鸞の直弟子。歎異抄の作者ともいわれています。
これで河和田八景は終わりです。
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河和田八景18-2

河和田八景の続きです。
河田八景18-13
河和田農協の近くにある天徳寺。佐竹の菩提寺で以前は水戸八幡宮の近くにありましたが水戸黄門(徳川光圀)によりここに移されました
河田八景18-14
見ずらい鴨しれませんが門の左側に佐竹の家紋があります。
河田八景18-15
本堂です。私が行ったときの2,3日前にかなり雪が降りました。その関係で途中の道路も境内もかなり雪が残っていました。
河田八景18-16
ここの梵鐘が八景になっています。
河田八景18-17
これがその梵鐘です。
河田八景18-18
天徳寺から少し行って河和田小学校の先に西宿夕照の看板。
河田八景18-19
この辺はかつて宿場だったそうです。また天徳寺、河和田小学校、そして明日載せる報仏寺のあたりは戦国時代河和田城があったそうです。
続きます。
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河和田八景18-1

1月に新聞の茨城版に河和田八景のことが載っていました。場所がよくわからないところもあるのですが興味があったので巡ってみました。
河田八景18-1
まず八幡橋バス停近くと思われる膳棚帰漁。膳棚とは若芽の美しいところという意味らしいです。川は桜川。いつも桜を撮りに行く千波湖の桜川です。しかしかなり歩いたのですが、看板も見つからずあきらめました。
河田八景18-2
もう少し案内板などを置いてほしいと思います。
河田八景18-3
岩間街道に戻り少し行ったところにある吉田神社。河田八景の一つ吉田の晴嵐です。ここは前にも来てブログにも載せたので知っていました。
河田八景18-4
最初八幡社。のち吉田神社に改められた。
河田八景18-5
源義家が欧州に行くとき立ち寄り軍扇を奉納したといわれており、それが神体になっています。
河田八景18-6
脇社が多くあります。
河田八景18-7
この数日前雪が結構降りあちこちに雪が残っていました。
河田八景18-8
その少し先にある高間原秋月。今は高天原と書いています。
河田八景18-9
そこから見た風景。ゴルフ練習場が邪魔ですが向こうに山が見えます。
河田八景18-10
縄文遺跡が発掘された関係でしょうか橋には土器のレリーフがあります。
河田八景18-11
赤塚駅のほうへむかった 向かったところにある建面落雁。立札には「広」になっているが本当は「建」と書くようです。
河田八景18-12
9枚目の写真のゴルフ練習場の横です。
続きます。
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Author by troy / 全記事一覧 / 次のページ / ページトップ
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