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ぶらぶら歩きながら気に入ったものを撮り歩いてます。


In 06 2012

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Category: 寺社史跡   Tags: ---

水戸八幡宮

今日は水戸八幡宮です。
水戸八幡宮6
水戸八幡宮はもとは佐竹氏の本拠地常陸太田にあり、水戸に進出した時水戸の北見町に分社しました。一時今の那珂市に移され、後今の場所に移りました。
水戸八幡宮1
>この神社には多数の脇社があります。この水天宮はもとは個人宅にあったものをこの神社に移したもので水の神として信仰されている。
水戸八幡宮2
続いて三島神社。この神社には火伏の神様が祭られています。この神様には次のような話が伝わっています。
むかし、江戸の神田明神のお祭りでは毎年、各町内が競って趣向をこらした山車を出して町中を練り歩きました。
ある年、神田佐久間町では、イザナギ・イザナミの二神が天の浮橋に立つ姿を飾った見事な山車を披露しました。
ところが、その晩、佐久間町で大火事が起きてしまったのです。町の人たちは縁起が悪いと、その山車を深川の町に売り渡してしまいました。
すると次の年、富岡八幡宮のお祭りにその山車を引き出すと、今度は深川で大火事が発生してしまったのです。深川では、もうこの山車は江戸におけないと、水戸の馬口労町(現在の末広町)に譲り渡してしまいました。
ちょうど馬口労町では山車が無かったので、喜んで八幡宮*5(現在の八幡町)のお祭りに山車を引き出したところ、やはりその夜、馬口労町でも十数戸が焼ける大きな火災が起こってしまったのです。
しばらくして、江戸での曰く因縁*6を知った馬口労町の人々は大変驚きました。
「イザナギ・イザナミの神様を山車にのせて引き回したりするから、そんなことになったのかもしれない。」 馬口労町の人々は相談の結果、その山車を八幡宮に奉納することにしたのです。
八幡宮の三島神社にまつられた二神はその後、祠から引き出されることはありませんでした。そのためか、のちに町内で火が出たときも大事に至らずに済んだという話が伝えられています。
また、太平洋戦争末期の空襲で水戸の町のほとんどが焼け野原と化してしまったときでも、八幡宮は戦火を逃れることができたのだともいわれます。そして、はじめは「火を好む神」といわれた二神は、やがて火事を防ぐ「火伏せの神」として信仰を集めるようになったのだそうです。
水戸八幡宮7
これが火伏の神の写真です。二神宮とも呼びます。この写真は茨城新聞社刊、今瀬文也著、茨城242社寺ご利益ガイドから引用しました。
水戸八幡宮3
この日拝殿では結婚式が行われていました。
水戸八幡宮4
拝殿と本殿
水戸八幡宮5
本殿は国の重要文化財です。
また境内には国の天然記念物、お葉付銀杏があります。徳川斉昭のお涼み所あとなどいろんな名所もあります。


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テーマ 史跡・神社・仏閣    ジャンル 写真




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