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Category: 寺社史跡   Tags: ---

平将門史跡めぐり、国王神社

以前から巡ってみたいと思っていた平将門の史跡めぐり、少しずつはじめてみます。
今日は国王神社です。
国王神社1608-1
國王神社は、平将門終焉の地と言われている。
将門公の三女・如蔵尼が、父の最期の地に庵を建てたのが神社の創建であり、父の33回忌に当たって刻んだ「寄木造 平将門木像」(茨城県指定文化財)を御神体としている。
天禄3年(972年)、霊夢を得た如蔵尼は、急いで奥州から下総に帰郷します。父の最期の地に戻った如蔵尼は、傍の林の中より怪木を見つけて、一刀三礼しつつ心厳かに父の霊像を刻んだといいます。
国王神社1608-2
平将門はNHKの大河ドラマにもなったのでかなり有名だと思います。
私も茨城に引っ越してきたときすぐにでも巡ってみたいと思ったのですが、ここまで1時間以上かかることなどもあってなかなか廻れませんでした。今回初めて来たのですが、もっと調べていろいろなところへ行かないと行けないとわかりました。
国王神社1608-3

国王神社1608-4

国王神社1608-5

国王神社1608-6
たぶんここに如蔵尼の刻んだ将門像があるんだと思います。
国王神社1608-7
平将門について
平 将門(たいら の まさかど)は、平安時代中期の関東の豪族。
平氏の姓を授けられた高望王の三男平良将の子。桓武天皇5世。下総国、常陸国に広がった平氏一族の抗争から、やがては関東諸国を巻き込む争いへと進み、その際に国衙を襲撃して印鑰を奪い、京都の朝廷 朱雀天皇に対抗して「新皇」を自称し、東国の独立を標榜したことによって、遂には朝敵となる。しかし即位後わずか2か月たらずで藤原秀郷、平貞盛らにより討伐された(承平天慶の乱)。死後は御首神社、築土神社、神田明神、国王神社などに祀られる。武士の発生を示すとの評価もある。合戦においては所領から産出される豊富な馬を利用して騎馬隊を駆使し、反りを持った最初の日本刀を作らせたとも言われる。(ウイキペデアより)
国王神社は終わりです。この後将門の遺跡等を歩いてみました。
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テーマ 史跡・神社・仏閣    ジャンル 写真



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